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常陸太田の郷土史をかじってみた。(部の民)

雨の日に時間があるので郷土史をかじってみた。

といっても熟読したわけではない。また常陸太田市より販売されている郷土史は概ね昭和50年代の後半に編纂されたもので現代から見ると30年近く経過している。つまり資料を元にテキストを書いても今浦島状態は変わらないのを承知でコラムってみる。

拙のつたないイメージで語るので恐縮だがこの街は5つの歴史的な階層で成り立っているように見える。(おおまかである(笑))
1.弥生時代
2.大和朝廷の拡張期
3.佐竹氏による源氏系武士の勃興期
4.水戸徳川家
5.明治から現代

札幌では概ね明治から現代に至るまでの資料が圧倒的で明治以前にさかのぼろうとしても和人の歴史では無理がある。原始林しかないからだ(爆)だからこの地域の歴史の厚みにはシビレル....シビレルのだ(笑

弥生時代から過去をさかのぼれば5万年まえの東アフリカ(エチオピア付近)を起源として約150名程度の集団が現在の中近東に移動したのが全ての人類の祖先であるということが遺伝子情報の解読で明らかになっている。しかしそこまで論ずるにはコラムでは手に余る(笑)ただ認識としては分化していった現世人類が風土に適応しながら民族として形成されて行ったと言うシナリオを信るとすれば世界を立体的に見ることがとてもたやすくなる。

というのも世界に分散して行った人類は風土の抑圧によりダーウインの学説である自然選択が働き民族の多様性が生まれたというストーリーは時系列状に並べ替えて遡ると東アフリカに終息するからで現世人類の歴史は風土によって多様性をみいだしたという考え方も成り立つ。

風土と言う言葉は気象条件と地形と言う言葉に置き換えると
・世界各地に様々なエサ場が出現し
・エサ場をテリトリーとする縄張りが生まれる
・他の縄張りを侵略するために闘争がはじまる。
・より多くの縄張りを獲得した集団が民族、国家の母体となる
以上が拙の単純世界史だ(爆

筆があらぬ方向に行ったが大和朝廷の拡張期には当時の帰化系ハイテク集団の入植がこの地域にあいついだようだ。それは部の民の存在で地名として現在も残っている所が多い。

部とは農業、漁業、手工業、その他特殊技能で居住地で生産した生産物を貢納したり特殊技能で朝廷に奉仕したりした集団で元々は朝鮮半島の百済の制度が伝えられたのが始まりと言われ5世紀以降より地方への入植が始まったらしい。

世襲的に道具や技術を持った集団が存在したのである。

しかも伝説では天孫降臨に付随した部(一族)も入植している。拙的にはとても想像すら出来ない土地柄なのだ(笑)明治期の北海道殖産政策と比較する新たな楽しみが増えたのは確かだ(笑

このへんは今後の趣味の(笑)撮影テーマとなりそうな予感がする。
東北にあるキリストの墓には負けるが(爆