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どうにも理解出来ないイカタコウィルス作者の逮捕方法

アップロードファイル 351-1.jpeg

(画像は徳島新聞Webより転載)

久しぶりのアップになる(笑

電脳警察(警視庁ハイテク犯罪対策総合センター)はイカタコウィルス作者の逮捕をしたという。犯人はファイル共有ソフトネットワークにウィルス付きのファイルをアップし感染させていたという。感染すると17種の魚介類のイラストに文書や画像が書き換えられるため器物損壊容疑で逮捕されたと言う。

そりゃ犯罪だわさ、とは思うけど、どうやって立件するんだろうと思う。というのは世間一般的にファイル共有ソフトネットワーク つ~のは著作権違法コピーの巣窟だという喧伝されている。そうなると

1.違法巣窟にウィルスをばらまいた。
2.違法巣窟にたむろっている犯罪人のPCがウィルスに冒された。
3.ウィルスを ばらまいた犯人が逮捕された。

この図式は論理的な整合性にかけると思いません??
まず違法と言われるファイル共有ソフトネットワークは合法なのかと言う話になる。非合法だとしたら、なんで放置しているのと思うのと同時に迅速にファイル共有ソフトネットワークを摘発していれば、そもそもこの犯罪はなかったのではないかと思うからだ。

勘違いだったら、怒られそうだが新聞の文面を解釈すると違法ファイル共有ソフトネットワークは放置し、そこにイカタコウィルス攻撃をした作者が逮捕されたようにみえる記事には、久しぶりに吹いた。

Ediusの声の職人をMacで挑戦してみた。


結論を先に述べると拙の以下のアプローチは失敗に終わった。
1.VMWare上のWindowXPでインストールして失敗
2.CrossOverMacでインストールして失敗
3.BootCampは後述する理由で最初から回避

最後にホコリを被っていたWindowXPのCPUスピード1Gシングルの年代物で成功(笑)という仕儀となった。

きっかけは所属している常陸太田ビデオ研究会の総会で会員各位が持ち寄った作品の中にナレーション処理をしている作品があり、オヨヨと思い(笑)たずねたらEdiusで対応しているソフトがあると聞いた。早速調べたら開発元が株式会社エーアイ (AI, Inc.)という会社
http://www.ai-j.jp/

HPのトップにデモ用のシュミュレーターがあるので数時間遊んでしまった(笑)調べてみたらカノープスのEdiusにOEM提供をしているらしい。

声の職人(トムソン・カノープス)
http://www.thomson-canopus.jp/catalog/koe_shoku/koe_shoku_lite_index.php

なるほど、なるほど。Ediusの安いバージョンのEDIUS Neo 2 Boosterにも対応しているらしい。正直、Winの編集システムには全然興味がなかったが声の職人には、いたくそそれられたので早速ヤフオクで声の職人が込みになっているセットバージョンを落札させた(値段は聞かぬが花)

そこで上記のアプローチとなった訳だがBootCampはいちいち立ち上がりをリスタートさせなければならないので論外。いわゆるシームレスな環境でなければ出来るけど使えないと言う人間のめんどくささに根ざした利用環境に拙のようなものぐさな人間は負けてしまう(笑)ゆえに拙は実験しなかったが成功する確率は高い。

ナレーションの必要性に迫られた方がいれば、時間を区切ってWindowをMacで立ち上げるのも合理的な方法だと思う。ただし成功するかしないかは貴方の自己責任で!!(拙は性格的に回避した。常時使う作業環境的にめんどいという理由からだ)

1〜2までのアプローチの失敗で頭を抱えたが、使っていなかったノートパソコンを思い出しインストールをしてみた。カノプの推奨は2.8GのDualCoreでなければ満足な映像編集環境は得られませんなどとアナウンスしているが音処理だったらその数分の一のスペックでも動くはずだと立ち上げてみたらドンピシャで動いた(結局ノートはナレーションの専用機にしてしまった(笑))

そこで作った音を1GのメモリーにAIFFで吐き出しMacに移動しFCPに貼付けたのが上記のコラム映像。FCP側でグラフィックイコライザーの設定とサ行フィルターの2つを作動させてBGMを被せたらもっともらしい声になっている。

拙はFCPにたいして独自のイメージを持っている。それはファイルコンバーターに編集機能が付いているものと言ったほうが理解し易いと思うが、要するに一つのシーケンスに規格が違った映像データーを平然と並べられる機能はざらにあるものではない(笑)つまり拘らないで編集出来るラージーな点が拙好みなのだ。

しかしながら映像制作と言う行為はこのようなラージーな使い易さがあったとしてもキャラクターを成長させるオンラインゲームに非常に似ていると思う時が多々ある。つまり戦績を重ねることによって獲得出来るアビリティー(能力)が増える事でキャラが強くなって行く現象だ(爆

映像編集は、このように経験によって獲得したアビがなければ製作レベルを上げる事ができない。声の職人は予算等存在しない個人レベルでの趣味で映像を製作する、拙のような層には必要不可欠なアビと思える。同じような文脈でプラグであったり、フリーのBGMの収集がある。

それもこれも、ネット環境の爆発的な進化に負う所が大きいが、発表出来る環境が整えば家庭用のカメラを使って身のまわりの個人レベルでの映像制作も面白いからやってみようかという試みも楽しみながらできるということなのだろう。

ちなみに声の職人は6つのキャラクターがデリバリーされているが元々防災用に開発されたらしく、せいじさんというキャラは地震速報等でよく聞く、NHKのアクセント辞典(の、ようなもの(笑))ばりで話してくるから吹いてしまう。

まぁ、しばらく楽しめそうである。
またホコリを被っていたノートが復活したのはいいことなのだろう(笑

声の職人男性版(せいじさん)
http://audience.studio-web.net/diarypro/diary.cgi?no=352

秘伝 MacでYouTubeアップのコツ(実はWinも(笑))
http://audience.studio-web.net/diarypro/diary.cgi?no=346

秘伝 MacでYouTubeアップのコツ(実はWinも(笑))2
http://audience.studio-web.net/diarypro/diary.cgi?no=347

3D再生装置の跳梁2

今回は夢想に近いSFじみた話なので、お忙しい方は飛ばしてもらって結構だ。

撮影方式として3次元を表現するにはどのような方法が適しているのだろうかと考えた事がある(ファンタジーだ)。どうも自分の好みに合っているのはホログラフィーかな等と思っている。

映画表現では初期のスターウォーズでC3POが映し出したお姫さんの映像である(多少解像度は悪かったが雰囲気を伝えていた)延長線上の表現は、あのシリーズでよく使われていたと思う。

つまりイメージが空間の中央に突然出現するあれである。

現実的にあれをリアルに再現しようと思えば最も初期的なシステムでも3方向からの投影が必要であろう。精度を上げるにはもっとかもしれない。

その映像はカメラと言うよりは箱の中に物体があり、カメラが箱の縁に付随している定点カメラのような仕様で物体を撮影しなければならないことになる。つまり三脚がなくなり空間にある定点カメラに演技をして立体的に再現されるという仕組みになる(簡単に言えばだ)

すると再生装置は液晶をZ軸上に並べた四角い箱と言うイメージになる。箱の中に透過型のディスプレーが詰まっておりZ軸上でも色が再現される。つまり2次元の平面ではなく3次元的に見せるためには再生面を3次元化させなければ厚みを持った物体が表現する事ができないだろうという原理である。

現実的には再生面を厚みの仕様に合わせて数千枚並べる必要があり、なおかつ透明感が必要となってくる。つまり3軸*3をコントロールできる同期信号と流体素子のようなものが必要となってくるわけだから、ありていに言えば拙の寿命が届かない世界だと断言出来る(笑

上記を考えると画面の正面から見るメガネ方式(笑)が現実的なアプローチだという結論となる。

なにやら妄想になってしまったがメガネをかけないで認知すると言う話だと以上のような構想にならざるえないのかとあきらめている(笑

3D再生装置の跳梁

アバターと言うハリウッドの映画作品がタイタニックの興行収入を上回ったという。興行界ではちょっとした事件だったが何が違うのかというと3D作品だということだ。

小出しにされた技術的なニュースではイメージされたキャラのリアルの動きをモーションピクチャーされるドキュメンタリーをみてなるほどと唸った憶えがある。動きの細かいニュアンスはリアルな人間から取った方が計算で構築するより圧倒的に作業が易しいからだ。

その延長線上に3Dがあったということで、なるほど作図思想が大幅に進化しているわいと更に感心したしだいだ。

それに歩調を合わせるようにデジタル家電の現場では3D機器の発売のアナウンスが続々と続いている。この調子では本放送が始まる前に1920*1080のシステムは時代遅れとなってしまうだろう(爆

3D放送をハイビジョンシステムに融合させるためには少なくとも3940*2160システムの放送方式にしなければ高解像度が高画質と説得力を持たせる世界を提唱していたデジタル放送の世界が根底から崩れてしまうからだ。

これは原理的にインターレスを両目に振り分ける原理から成り立っている。つまり片目の解像度を540本にしなければ3Dにはならない。これでは解像度的に前時代のNTSC時代の解像度ではないかと思うのは説だけだろうか(笑)解像度と言うのはあくまで垂直を重視する従来の考え方から言うとこうなる。

おぃおぃおぃ、提唱されていた高解像度の世界はどこに行ってしまったのだという話である。これをプログレッシブ・スイッチングにしたら30Pの1/2の15Pということになるが1秒間に15コマというのはあるのか?? ありえない(笑)んでもって、この方式は例のメガネをかけんと、もはや映像作品としてみるにはたえないだろう。

希望が持てるのは60P記録をプログレッシブ・スイッチングして両目に30P(30コマ)に割り符すればいけそうだが、果たしてそうなるのだろうか、微妙だ(てか、これでなければ片目540本の3Dがデファクトとなれば本放送前にデジタル放送は終わった(意味あるの)という話になるからやっかいだ)それだが、1920/60Pってデジタル放送の規格にあったっけ??


まぁ原理的な問題はそれくらいにして、3D装置を第三世界ではどのくらいの価格でデリバリーするのだろう。またぞろ韓国にパクられて日本国内でしか売れない状況になれば、日本の家電は学習効果無しで、大量生産による価格低下が期待出来なくなる。

せいぜい原理的に家庭用のカメラの需要を期待する局面しか見えて来ない。家庭用のカメラは双眼鏡のような仕様で今のカメラが2台平行に装備される立体カメラが期待されるからだ。これとて今のカメラの2倍の金額で販売出来るかあやしい(てか、ズームするとき技術的にどうするのという疑問があるが(笑))

まぁ、どう進化して行くか様子見と言うことになりそうだ。

拙的に興味を引くのは教育の局面で3Dの作品の記憶率が飛躍的に上がると言う話がある。ほんまでっかいなというのが正直な所なのだが(笑

だとしたら教育のリアル現場に立体模型がバカスカあってもしかるべきだが、それが映像で急に効果がでるもんかねぇ〜などと思ってしまうのは悪いクセかw

ダッカ事件のドキュメンタリー

BSドキュメンタリーのダッカ事件は久しぶりに見応えがあった。事件は29年前の赤軍派による日航機のハイジャック事件だ(事件は76年に起こった)それぞれの立場でどのような事があったか掘り起こしている構成でまことに面白い内容だった(赤軍派の言い分は除外されているが(笑))

学校の同期の父親がパイロットをやっていて当該か日本政府が新たに送り込んだ機に乗っていたと記憶している。昔の話なので幾分記憶が薄れたがバングラデシュ政府と赤軍派との交渉の最中にクーデターが起きたという劇的な別展開がされたことで衝撃をうけた思い出がある。

報道の分野では73年に北ベトナムとアメリカのパリ交渉の調印でアメリカのNBCが携帯の2インチのVTRを持ち込み16mmが報道の主流メディアであった時代にスクープをものにした事件が起きた。他社は現像して編集しテレシネする時間をロスッたのである(これがENGの始まりと言う説がある)

ここに報道は時間との競争である宿命が浮かび上がってくる。報道情報は時間経過で陳腐化していくということが明らかになり、それ以降の情報は事件の重要性に伴い検証と言う段階に儀式化される。

実はこのクーデターの事件後にアメリカの3大ネットワークが現地にいた日本政府に同行した放送局のENGクルーを追いかけたオチがあった。空港内で起きた反乱軍の戦闘シーンを日本のクルーが撮影していたという推測からであった(米国は報道を金に換えるシステム(視聴率=金)が出来上がっていた)

番組では政治家の石井一 氏がそこら中にバングラデシュ空軍の兵が射殺され管制塔内は血で足が滑るのではないかと言う感想を述べていた。2〜3年してアジア地区のNBCのカメラマンと酒を飲む機会があり、その事件に話が及んだ時に後追いで取材した話を聞いた。

武装反乱軍がいきなり管制塔に入ってきて「ベンガル人は出てこい」と言ったそうである。おずおずと出て行った人間(だったかそれ以外だったか記憶が定かではない(笑))は全部射殺されたと聞く。彼曰く、そのとき日本のクルーは現場にいた可能性は非常に高かったそうであるが事件後、すぐに機材をまとめて国外に出国し、箝口令を引いたようだと話していた(もちろん撮影はなされなかったと聞いた)

それはそうだろぅなぁと思った。日本はアメリカのように世界の警察官を自認して世界中の紛争地帯に飛び込んで行く国の作りにはなっていない。他国の内政問題にカメラを持ち込んでも嫌われるか極端に言えば殺されるリスクをしょわなければならない報道ができるわけがない。

ドキュメンタリーをみながら あらためて報道を考えさせられた。くだんのカメラマンは気のいいヤツだったが今頃何をしているのか時々気になる。

福田赳夫という総理大臣は国債を最初に発行した時の大蔵大臣だったと記憶しているが、このときは超政治的配慮と言う事で刑事犯を国外に出国させている。あとになって色々言う人がいるが このような判断をしなければならない政治家の立場と言うのは相当ハードだなぁと感じるだけで、ありていに言えばその立場に自分はなりたくないと思うのが凡夫である拙のふがいなさなのかもしれない(笑

ふがいなくて大いにけっこうであるが...

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