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量子力学上の光の振る舞い9 量子コンピューターのメタ理論

ここまでくれば、もうSFである。

拙は以前に可視光線がVHFやUHFの帯域であったら科学理論を中心に人間の生活様式は大きく様変わりしていたのではないかと述べた事がある。その理由としてこれぐらいの波長になると電磁波が反射して回り込むんで来るという性質を帯びるために壁の裏側とかビルの各部屋の中が見えてしまうからである。

VHFやUHFの帯域を人間の脳が可視光線としてみる事ができれば視認範囲が大きく広がる。だが、この現象と量子力学における電子の観測には大きく異なるものが存在している。VHFやUHFの帯域の電磁波の動きは我々の生活空間である3次元領域を移動しているが電子は虚数を取り込む事でしか確率的な移動範囲を推定することができない。

移動する空間の定義が異なっているのではないかと疑問があるが同じだ(笑

物体として集合した物の動きは拙らのリアル生活空間で体験的に理解できるが拙らを構成してる原子レベル内での電子(電磁波)は全く不確定な動きをし、もはやその動きを特定する事は無理だという不確定性原理が立証されている。

不思議な世界なのだ(笑

これでは宇宙空間は多次元化しており人間の認識領域がその空間の3次元領域だけをフォローしているとしか思わないと確率的断続的に瞬間移動している電子の動きを説明することができないのではないかというのが拙の感触だ。

20世紀は空間の多次元を前提として宇宙の形状や力の存在を意欲的に解き明かす様々な仮説が登場したエキサイトな世紀だったが数式で説明される多次元が視覚的に理解できないのが多次元を説明する上で最大の問題であると思う。だが3次元しか理解できない脳ではしょうがない所なのだろう(笑

量子物理学では物体の動きを推測する2つの極端な考え方が生まれている。

観測するまで電子の位置が特定できないのであれば観測しない段階ではなんでもありぃ〜という考え方である。これは極端に言うと宇宙は観測するから存在するのであるという話になる(爆)

もう一つは確率論的に宇宙が枝分かれして多次元化して行くとの考えである。

この段階になってようやく拙らのような人間には理解が出来なくなってくる(爆)量子コンピューターはこの多次元化された空間域を使って並列計算させることで驚異的な計算速度を目指すものである。つまり多次元空間を前提としているのだ。

マジですかというのが拙の正直な感想だ(爆)

ここまでが20世紀の中盤までの流れだが後半になると光と大きくかけ離れた理論が続々と登場し始めるのでここで一旦筆を置く。

量子力学上の光の振る舞い8 不確定性原理

ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て万有引力の構想を得た。
リンゴが地球を突き抜けて行かないのは重力より電磁力が強いからだ。

ところが物質を司る電子は断続した確率的な波動という概念でしか理解できないことが明らかになり電磁力の重力に対する絶対性もゆらぎはじめた。ハイゼンベルク(1932年ノーベル物理学賞)は不確定性原理という公式を発表しているが要するに自然はいい加減であったという話だ。

不確定性原理は物質の位置と速度を計算した場合に確定した値を決定できない曖昧性を持つという公式である。数式を使って曖昧さを証明する論理の恐ろしさがそこにある。

確率論は16世紀のカルダーノによって賭博の必勝法のため研究されたものだ。

余談だが賭博というものを数学的に解釈する道具として確率論は有益かもしれないが一回事の勝負には役にたちそうもない。もっとも期待値に偏差があれば敗戦数が多くても利益は得られるかもしれない。拙は確率論に解を求めるの事は数式の証明には論理性を持つかもしれないが現実に確率を道具として使う時はBJ等のカード賭博となんら変わらない感覚を覚える(爆

量子論的に電子を見れば波動ということが証明されたわけだが半導体素子に応用されているのがトンネル効果で有名なエサキダイオードである。トンネル効果の意味する事は拙らが家の壁を通り抜ける確率は非常に低いがゼロではないということだ。トンネルダイオード技術は特定の原子の観察や原子のハンドリングを行おうとするナノテクノロジーに応用されようとしている。量子論が産業的に利用される最先端技術ということだ。

ここまでは概念的についていけるが次回は多次元解釈と量子コンピュターを考えてみる。これが結構濃い(爆

量子力学上の光の振る舞い7 ラザフォードとボーア

光から物質、物質から光の原理が発見されて100年程度である。

その当時物質の最小単位が原子であるのが明らかになってきたがマイナス電荷を帯びた粒子(電子)が原子のどこに存在するのかというのが問題となっていた。というのも原子はプラスでもマイナスでもなかったからだ。

ラザフォード(1908年ノーベル化学賞)はα線の散乱実験を行い原子核を発見した。その中心がプラスの電荷を帯びていたことから原子核を中心に周囲を電子が周回するラザフォード原子模型を発表した。ところが電気を帯びた電子が周回運動をすれば光を放ってエネルギーがなくなってしまうというのが当時の学会の考え方だった。わかりやすくいうと電子と原子核がすぐに結合して原子が成り立たなくなり物質界が存在しないということである。

この問題に対してボーアは神懸かり的な直感で解決した(笑

ヨハン・ヤコブ・バルマーは1885年に発表した水素原子の線スペクトルを記述する実験式で知られている。と書くと何のことだかわからない(笑)水素ガスに電圧をかけると4つの色の光りが出てくるがその波長は整数倍になっていることを発見したのだ。ボーアはパルマーの発見にヒントを得てプランクやアインシュタインが提唱した量子仮説を原子の構造に取り入れた。

何が凄いイメージかと言うと原子核を周回している電子は連続的な運動でなく点と点を移動するような断続的な周回運動をモデルとしたボーア原子模型を提唱した事だ。原子モデルを太陽系に例えると地球が連続的に移動しないで断続的に位置を瞬間移動するといったモデルである。ボーアの説明したモデルは
・電子は複数の周回軌道を原子核を中心に断続的に移動している
・外側を回る電子のエネルギーが大きい
・光は電子が内側の軌道に移動する時に余剰エネルギーとして放出する
・電子はもっとも内側の軌道から原子核には移動しない
といったものだった。これによって水素原子の光の波長についての説明はされたが、なぜ断続的なのかという説明はなかった(笑

ド・ブロイ(1929年ノーベル物理学賞)は、その疑問にたいして電子軌道が断続的なのは電子の実態は波であるとのド・ブロイ波を発表し実験で実証された。ここに物質は粒子性と波動性を備えた物質波の概念が確立されたわけだ。

シュレーディンガー(1933年ノーベル物理学賞)は1926年にシュレーディンガーの波動方程式を導出して波動力学を展開しハイゼンベルクらの行列力学と数学的に同等であることを証明して、量子力学を確立した。また、シュレーディンガー方程式を解くことが、ボーアの量子論の結果を完璧なものにした。

シュレーディンガー方程式は物質の波の形状と時間軸に沿って伝達する過程が計算できるが3次元しか理解できない人間の脳にとっては具体的にイメージするには著しく困難になっている。複素数で展開されているからだ。虚数の高さ等と言う概念をイメージできる人はいない(笑

現在の物理学の欠点は多次元化したときに視覚的なモデラーをもてない。そのため苦肉の策で複数3次元モデルの固まりを集合として提示する方法を取られる事があるが決定的ではない。量子論を解り難くしている最大の原因は複素数の利用であるかもしれない。シュレーディンガー方程式を理解するとしたらボルン(1954年ノーベル物理学賞)が述べているように波動関数の確率解釈に従うしかない。その神髄は物質波を確率の波と理解するしかないのだ。

数式というのは論理の整合性を問われるが量子論で導き出された答えは
・原子レベルでの物質の本質は波である
・そしてその動きは確率的にしかわからない
というサイコロ博打なみの物質の動きを人間に理解すれと強要している。

まぁ拙のような凡人には複素数世界が出たあたりからバンザイだが(笑

量子力学上の光の振る舞い6 プランクとアインシュタインの着目

今日はノーベル物理学賞にちなんで(笑

1922年にノーベル物理学賞を受賞したニールス・ボーアは量子力学を確立したとされているが、その前年に相対性理論で有名なアインシュタインも光電効果の理論的研究で受賞している。量子力学はカルト的な色彩を帯びているが半導体の原理となっており日常的な利用では相対性理論をしのいでいる。

エネルギー量子仮説という概念を初めて提示したのはマックス・プランク(1918年ノーベル賞)であった。イギリスの蒸気機関に続き化学工業の分野で第二次産業革命に成功したドイツは鉄血政策を進め19世紀の後半には製鉄業が飛躍的な発展をとげた。プランクは質の高い鉄を作るために溶鉱炉の中の温度を計測するために動員された学者の一人だったらしい。鉄が溶けた温度と色を計測していたようだ。

そこでプランクは面白い発見をした。光エネルギーは連続的ではなく断続的に変化しているらしいということだ。その断続性はある最小単位の整数倍の値であると仮定した。これをエネルギー量子仮説といい、光の最小単位の定数を現在ではプランク定数と呼ばれている。(断続性は直線のデジタル・サンプリングに似ている。直線だが連続していないのだ。DVで斜め線がカクカクなるようなアレと言えば解りやすいか(笑))

物理量が不連続な変化をする事は当時としては画期的な発見だった。

アインシュタインはプランクの断続的な光のエネルギー推移を参考にして光の正体は粒状のエネルギーでないかと考察し光量子仮説を唱えた。つまり光は粒の集合体ではないかと考え光量子と名付けた。光を粒の集合したエネルギーと見れば整数倍の断続性に説明がつくからである。

アインシュタインは光量子仮説を使って光電効果の説明を行った。光電効果は金属に光を当てると電子が飛び出す現象だが光の波長が短ければ電子は飛び出るが長いと飛び出でない。これは波長が短いと光電子のエネルギーが大きく長いとエネルギーが少ないので飛び出ないと説明している。これは2つの事を示唆する。
・光は振動(波長)を持った粒子である集合体であると言うこと
・金属面に当てると物質(電子)が生じることである。

光から物質が創られるというのは神の分野だ(笑

この原理は現在のCCDカメラや太陽光電池の基礎となる重要なものである。反射電磁波(光)を物質化して収録していると考えると撮影も楽しい(笑)ただし物理量である電磁波(可視光線)に色と呼ばれるものは宇宙に存在しない(音や味も)投影されている物体は全て脳が作り出しているものであるということは以前に考察済みである。

ところがこのエネルギー量子仮説がなにげに原子物理学に応用された(爆

(つづく)

量子力学上の光の振る舞い5 ホーキンスの手法

今回はホーキンスの恐ろしさを堪能してもらおう(笑

撮影等に携わるとリアリズムという言葉が現場を重く押し包む事がある。突き詰めて考えると、その有り様が実在しているのを仮説ではなく実際に存在している事を視聴者に信じさせるということだ。らしさを敷き詰めると本物ぽく見えてくるという考え方だ(笑)その延長線上の演出論はゴマンとある。

実世界では我々の周りの世界は全て実在していることを人々は共有している。それはそうだろう経験的にいってあたりまえのことである。ところがホーキンスはその大前提を潰しにかかった(笑

と思われるのは代表的な彼の理論に虚時間仮説というのがある。宇宙の始まりに虚数時間を使うと驚くほど計算がスムーズに合い、理論の展開が多方向に進展するらしい。すると凡人の拙は宇宙の始まりは実数ではなく虚数の時間が流れていたんだと思う(実際には何がなんだかわからない(笑))つまり時間とは実数と虚数が存在するんだと思う。でもホーキンスにはそんな事はどうでもいいのだ(爆

どうやら彼が信じているのは数式と実験のデーターが合致する事で言葉を変えると実証論の世界で生きていると言うことになる。それをうかがわせるのは実験の対象が存在する事には興味がないと明言している。なぜなら存在するかどうかは証明できないと言っているからだ。

これには拙も驚いた(爆)ホーキンスの理論は拙が思っている実在世界と根本的な部分で共有していないということになる。以前、拙は科学といものは流行であると述べた事があるがベクトルが働いていると信じていた。それは時間とともに唯一絶対の法則(仮説)に収束する方向であったと思えるからだ。

ところがホーキンス流に言わせると人の目に見えて感触のある物体の実在性を確かめる方法論は存在しない。反証する事もできないということになる。そうすると理論とは整合性があれば実際に整合するための対象があろうとなかろうと関係ないという彼の立場がおわかりになるであろうか

極端に言うとホーキンスは時間や空間は存在するものと考えていないのである。
これをマジで受け止めると我々の実在の世界が崩れる。

ここまで究極の世界観を提示されたら正直バンザイである。実存を支える人間の脳に感謝すべきなのかは悩むのを別にして、仕事を終えて場末の安酒場で飲む満足感を実感として感じる拙の実存は幻でないと信じたい(爆

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