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花満開の西山公園 2016


   

3月下旬から4月の頭にかけて撮影したものは桜の題材が多く、太田に帰った次の日の9日が、たまたま天気がよくお昼頃に西山公園に訪れ桜シリーズの締めくくりとしたかった。

すでに駐車場へのミニ渋滞が始まっており運よく上に停める事ができた。三脚を組み立てた段階でフィルーターボックスを忘れていた事に気がついた。仕事がらみだとバンザイだ(笑)動画撮影の場合はシャッターを50~60に固定しFとISOを調整しながら撮影するのが一般的だ。シャッターの固定値はテレビの垂直周波数に合わせて自然に見えるというのが理由である。

ところがこのシャッタースピードだと絞りを最大限絞りこんでISOを最低にしても、晴の日の昼間は光量過多となる。そのため一眼カメラではNDフィルターを使って光量制限をおこない絞りを決めて行く。レンズを使ったボケなどの表現を狙うにはこのような作業が必然なのだが、何故かカメラ解説書には飛ばされる事が多い。

そのフィルター群をバッグに移し替える時に忘れたのだから筆者も焼きが回ったのかと、ちょっと落ち込んだ(笑)こうなったらハイキーに見せかけて回析限界を見極めるかと居直ったのがこれだ。

正直、疲れた(笑

4月8日 郷に帰る

ファイル 434-1.jpg

1週間強の駆け足の関西旅行だった。今回狙ってみたかったのは愛宕念仏寺(おたぎねんぶつでら)くらいで後は伏見稲荷神社の山頂、万博公園のレンズテスト、北陸は金沢と七尾まで足を伸ばしたが残念ながらの小雨模様。大阪城は体がギトギトになり次回の撮影の楽しみのため首からカメラをぶら下げて静止画のスナップショットに専念しただけだった。動画の桜も狙ったものではなくたまたま満開に恵まれた撮影環境だった。(写真は現在の大阪城)

今回は撮影とは関係ない部分で大きく感じるものがあった。すでに我が国では派遣労働者が4割以上を占め企業では雇い止めが常態化している。雇用が不安定のため車を買う、結婚する、子供を育てる、家を建てるといった従来型価値観とはまったく相容れない世界が現出している。

たしかに現在は雇用者を搾り取る雇用形態がトレンドとなっているが長期的に見た場合、派遣労働者の割合が増え少子化の影響で人口が少なくなっていく中での人件費抑制型の会社経営は結局、顧客の減少を招き企業の収益を脅かす社会になって行くのではないだろうかとの疑問が膨れ上がっていく。その環境に企業はどのように生き延びるかという疑問である。

従来型の会社組織では顧客の無限創造がテーマとなっていたが可分所得を許さない雇用形式と人口減少が企業群への対抗軸として効き始めているのが今という認識だ。

その疑問は帰りの新幹線の喫煙室で出会った就活中の人懐っこい大学院生との話で理解の糸口が見えた。専門は数学だそうで金融系に行くかIT系に行くか悩んでいるそうである。まぁ最終的にはIT系の中でビッグデーターを扱う方向に興味が湧いて来たような思考をしているらしい。どう思いますかといきなり来た(笑

茶飲み話のような趣で煙草を吸いながら話した。金融工学や単一解析系はトレンドをメインにして数式を組んでもトレンドが消えれば数式そのものが消滅してしまうんじゃないかと語った。むしろ立体的に消費者動向をデーターベース化している所と組まなければ勝ち組にはなれないような気がする。

例えばAmazonやJR西日本、セブンイレブンのように毎日のように消費者行動の情報が入って来る所が、その情報を使って拡張して行く可能性が非常に高いのではないだろうかとの趣旨である。

くだんの院生は、筆者に対して、わかっちょるねぇ〜(笑)というような顔で聞いていたが、現実的にはその情報は個人情報の拡散禁止の法的な問題があり情報を持っている所が圧倒的に優位に立っているのである。そう考えるとビッグデータを持てなかったり、積極的に使いこなせないところは尻に火がついたタップダンスを舞い退場していくという図式となる。

意気投合したところで院生には、まぁ頑張れやという調子でハッパをかけたらオッサンもな(笑)という調子で別れた。考えてみれば人件費抑制で生き延びて行く大企業はやがてブラック化していくだけということなのだろう。こりゃはっきり言って過渡期かなという思いである。

また人口母体が確率論的に動きにくい地域は持続可能な地域社会を目指すという事かもしれない。どこを指してるかはおわかりと思うが...

愛宕念仏寺の約1200石像羅漢に癒される


   

京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町(きょうとし うきょうく さが とりいもと ふかたにちょう)にある愛宕念仏寺(おたぎ ねんぶつじ)に訪れた。

京都市嵯峨野にある愛宕念仏寺に訪れた。ここには約1200体の石像羅漢が奉納されている。これらの羅漢は一つ一つ表情が違うため知人に似た人に会えると言われている。この石像羅漢が作られたのは最近の事で1981年から1991年の事であったと聞いた。参拝者(素人)が自ら彫って奉納する羅漢彫りプロジェクトの一環だったようで目標五百体が1991年の段階で1200体まで膨れ上がったそうだ。

海外でも知られているらしく撮影中も様々な外国人のツアーが訪れていた。ここに訪れようと思ったのは20世紀終盤に生きていた参拝者が思いを込めて彫った石像羅漢が約1200体収められているという事に尽きた。今後これらの石像群は、彫った市井の人たちが思いもよらない時間を旅し、彫った人たちの思いを後世に伝えるいわば伝説の場所になろうとしている。

寺院の新しい装置のような感覚があり強烈なオリジナリティに惹かれのが訪れた理由でもある。

大阪万博公園にも春が来た 2016


   

継続中のレンズテストは所を変えて大阪万博公園で継続している。

プライベートの旅行で大阪の娘夫婦の家に寄せてもらい天気を見ながら撮影を行っている。LEICA D VARIO-ELMAR 14-150mm/F3.5-5.6 ASPH./MEGA O.I.S.は昨年度の夏に購入する予定だった換算28-300mmの便利ズームで、元々MFT(マイクロフォーサーズ規格)の一つ前の規格であるフォーサーズ規格だった時代のレンズでMFTでは変換アダプターを使う事でかろうじてAF性能を維持している。

計画がずれたのは、昨年度は雨の撮影が多かったため筆者が切れてしまい便利ズームの防塵防滴レンズに変更したためだ。そのバックアップ用のレンズの性能も今様の仕様としては優れものだったので防塵防滴性能のアドバンスもあり暫くリュックに同伴していく事になるだろう。

さて一度使ったら戻れなくなると言われているライカの便利ズームはどのようなものかがずぅ〜っと気になっていた。このレンズは10年近く前に販売されているが、ちょうどその頃、報道を中心にPanasonicのビデオカメラが地方局に急速に導入された時期がありライカとPanaの提携の始めとしてレンズの監修をライカが行っていた。Panaの言い方としてはこの放送用ビデオカメラのレンズはそんじょそこらにあるものとは違うなどと喧伝していた。

LEICA D VARIO-ELMAR 14-150mm/F3.5-5.6は放送用のフランジバックが連動してズームしてもピントがずれない仕様でもなく、絞りも放送用と較べたら苦しいぐらい暗い。あとは写りがどのように違うのだろうかとの純然たる興味しかない。結論を先にいうとビデオカメラに使われているレンズとは全然ちがう発想で作られているのだろうとの感触だった。

解放近くで見ると明らかに中心部分の解像感が強く周辺はさほどでもない。この解像感の違いで浮き上がり感を持たしているのかなぁとの印象である(勿論絞ると周辺の解像感は上がる)他との比較で言えば色のノリが心配になるほど良い。また中望遠から望遠にかけて解像感が増えたように感じる。はっきり言うとクセがあると言える。

現時点では使い込んでみようとしか考えが思い浮かない。これだけのクセがあるといい写像、どうしようもない写像が歩留まりとして目立って来そうだが、動画は写真のように連写していいものを選べる作業には向いていないためこの辺の兼ね合いが使い込んで行くうちに判明するだろう。

最初の使用感は重いというのに尽きたが(笑




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