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赤土お宝さがし会に参加した。

     

市の文化課エコミュージアム推進室が後援しているお宝探し会が赤土町で11日開催されると言うので一般参加させていただいた。市が推進しているエコミュージアム運動の概要はこちら
http://edu.city.hitachiota.ibaraki.jp/eco/

歴史の厚い地域なので何が飛び出てくるか楽しみにしていたが期待を大きく上回り、凄いお宝がボコボコ発掘された(笑)当日は参加者が4班にわかれ受け持ちエリアを探索すると言う企画だった(参加者は百名近くになったと思う)


【衛星写真は地図をクリックして設定】

筆者が参加した第4班も多くの収穫があった。特に興味を引いたポイントをお話しすると(個人的な感想である)

1.大野旧道と馬頭観音
赤土の集会場から防衛道路を水府方向にちょっと行った道路の上に庚申講の碑があり、下から見ても薮しか見えないので登ってみようという話になった。大野旧道(大野集落に続いている)はその途中にあり昔の山道の一般的な大きさだと教えられた。その幅の広さは人と馬がかろうじて通過出来るサイズであり、ここにきてようやく戦国期や江戸期の物資流通のイメージが出来上がった思いがする。

このような道路環境のために域内では馬頭観音が非常に多く近年の道路整備事業のために集積されている場所が多い。往時は太田に通じる七夕坂と言う道路の脇には馬頭観音が等間隔で並んでいたらしい。馬は農作業や流通等に欠かす事ができない動力装置だったのである。

2.金鉱山跡
これが本格的な鉱山の跡地か試掘の跡かは定かではないが地元に伝わっている金鉱山跡地を探索した。戦国大名の佐竹氏の力の源泉の中には他家と際立った違いが2つあったと言われている。一つは強力な鉄砲隊ともう一つは鉱山開発技術である。赤沢(後の日立鉱山)、大久保、金沢、高取、栃原、塩沢、成沢、滑川、砂沢、石瀧、助川、瀬谷、金山、保内、洞坂などは佐竹氏が開発した鉱山と言われているが赤土にもそれを証明する痕跡が残されていた。映像でお見せするのは始めてではないかと思う。

3.宿の町という話
班の討議の中で宿(しゅく)の町というコンセプトが出て来た。これは新たな知見だなと思い帰宅して調べてみた。以前アップした明治39年茨城縣管内全圖を見てみると
http://audience.studio-web.net/HDdiarypro/diary.cgi?field=16

なるほど菅谷→瓜連→大宮→山方→西金→大子に連なるラインがある。太田からでは太田→天下野→山方に至るラインだ。この交通網は掘り下げると面白そうなので宿題にしようと思う。

4.旧金砂煙草取引所跡
筆者が住んでいる太田の栄町には歩いて10分くらいのところに旧専売公社の跡地がある。金砂煙草取引所は大正3年に太田に運搬(当時は馬車であった)するには雪や風雨のため問題があったために設立されたものである。ここの場所が今までわからなかった。というのも嫌煙権等と言う筆者にとっては誠に住みにくい現代と違って、ここには菊の紋を冠した「皇室御料煙草」の倉庫があったとされ、見てみたい場所だったのである(金砂郷村史)

御料煙草はもっぱら旧軍で拝領されたものだが、これを吸うと周辺の人は何も言えないありがたい環境が出現したと思われる。煙草飲みにとって夢のような魔法の煙草だったと夢想しているのだ(笑

余談になるがお昼には初めて食べるイノシシ料理が出され感激をしてしまった。発表会では各班合計で数十以上のお宝がリストアップされマッピングされている。市が編集するマッピングの小冊子の発刊が待ちどうしい。

最後に関係者のみなさま、お疲れさまでした。

常陸秋そば 花満開(常陸太田市 赤土町)はこちら
http://audience.studio-web.net/HDdiarypro/diary.cgi?no=71

赤土〜水府間を時速200Km以上で爆走はこちら
http://audience.studio-web.net/HDdiarypro/diary.cgi?no=17




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