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道の駅 ひたちおおた 黄門の郷オープン


   

平成28年7月21日に道の駅 ひたちおおた 黄門の郷がオープンした。

平成25年に完成予定であった「道の駅 ひたちおおた 黄門の郷」が東日本大震災の影響で計画より3年遅れでようやくオープンした。関係者にとっては一日千秋の思いであったかと思われる。竣工式での市長、知事、梶山代議士のご挨拶は非常に面白く、道の駅がどのような狙いで作られたかをそれぞれの立場で述べられている。

品揃えの中で一番興味があったのは、やはり加工品で、理由は利益率と日持ちがよいことに尽きる。このような場が出来た事で域内での商品開発に拍車がかかるのではないかと密かに期待している。例えば農業大国である米国にたいして時々、オランダが農業生産物の利益を上回る年がたまたまある。加工品が主軸のオランダを垣間見ても利益率が高いことが伺える。

竣工式典後、地味に常陸太田と東京都中野区との防災協定が結ばれたようであるが、市の生鮮野菜や加工品の流通にも話が及んでいる事は容易に想像できた。

特筆するのは梶山代議士が述べられた重点道の駅というシステムである。検索等で調べても要領を得ないのは道の駅とは24時間体制の無料駐車場とトイレの完備と言った先入観があるためで、現在は観光、特産品など地域の情報が集積、発信することで交通拠点としてより多くの入れ込みを期待出来る環境に進化している事を見逃している。

特に重点道の駅は複数の中央官庁をまたがって支援される位置づけで大枠で言うと現在のアベノミクスの地方再生、地方創生の政策と密接にリンクし道の駅を茨城県北の中核として域内を面と捉える発想が可能となっている。この発想の先には現在の常磐高速道常陸太田南からの引き込み線が、道の駅ひたちおおたの側まで延びるのも無茶な話ではなくなる。

ここ数年の工業団地の整備や常陸太田トンネルの延長路線が多賀に抜ける計画が息を吹き返す等の動きを見ているとバラバラだったピースが意味をなし、なかなかな展開となっている。

「道の駅 ひたちおおた 黄門の郷」の関係者の皆様、お疲れさまでした。

【8月3日追記】
昨日の夕方より生涯学習センターで市政懇談会が開催されので数年ぶりに訪れた。大久保市長が全般に渡って施策の目玉を解説していくもので上記に関連した説明があるかと期待していた。道の駅は順調な出足のようである。特に生鮮野菜の売り上げ多いとの事で、売り上げは翌日には生産農家にメールで知らせているそうだ(農家のモチベーションが上がるだろうなぁと感じた)

その生鮮野菜だが、市では高速バスと提携し(道の駅にバス停が新設される)道の駅からバスのトランクに野菜を積み込み中野区に出荷する流通と市場を開発したと聞いた(やるものである)一つ一つの独立したピースが道の駅開業と同時に連動し始めたのである(特に効率的な首都圏への市場開発は数年来の課題であった)

さて思わぬサプライズが土木費の項目に県道日立笠間線整備事業が掲載されていた。さりげなく上記の本文にさらっと書いたがこれは常陸太田トンネルから真弓山を抜いて多賀に抜ける計画だ。この真弓山トンネル部分の掘削に調査費がついた(行政的には調査費が付く事は事業を行う事と同義語)

この計画は茨城県土木部で約10年近く前から存在していた。問題はトンネル部分の予算が県の財政的なバランスと擦り合わせが難しかったと聞いている。常陸太田的には域内に4千人以上の日立製作所に就業している市民がおり通勤時において6号線の常態化している大渋滞には難儀をしている事は十分に把握しており路線の開発には悲願に近いものがあった(就業者だけのトンネル利用でも年間300万台の基礎数字となる)ちなみに日立市や常陸太田市ではトンネル部分以外の道路は、ほぼ完成している。

日立市では渋滞の解消のために海沿いのバイパス(場所に拠っては海の上(笑))をバブル期に設置している。それは見晴らしのよいもので筆者も気に入っている。ところが想定外のメンテ費用が発生した(海水にコンクリートの相性は良いはずがない)久慈浜まで延長する考えがあったようだがメンテ費用等の問題で難しくなるだろう。

今回の動きは総合的にトンネル掘削の方が採算が合うとの気運が出て来たところにアベノミクスの地方創生加速政策が加わり息を吹き返したと筆者は考えている。これにより自然があり物価の安い常陸太田を売りに沿線沿いに中規模な団地の造成することにより人口の下げ止まりも付加的に期待できる。

何やら筆者得意の妄想が膨らむ(笑




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