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成田山真福寺の節分会


   

2月3日に金井町の成田山真福寺で夕方6時から節分があったので撮影にでかけた。

真福寺は明治23年に常陸太田市の鋳物業の中心的な存在であった小泉源三郎氏が音頭をとり千葉の成田山から勧請されたと記録されている。鋳物は当時の常陸太田市では代表的な産業であったようで若宮八幡宮の鳥居横と拝殿に寄進された鋳物が残っていた。鳥居横の鋳物の記念碑は残念ながら東日本大震災で倒壊し拝殿にあるものしか目にする事ができなくなったと記憶している。

勧請以来、節分は現在まで伝わってきたのだろう。立地している場所は金井町1894となっている。当時の金井町は職人の町として知られていた。ちょうど裏手が東三町のなべやさんとなっており、なべやさんの隣の道から石段を降りて行くと左手に成田山がある。

また板谷坂を登って行く途中の左手からが正式の参道らしく、そこから石段を上って成田山正面に上がる事も出来る。両方ともちょっとした急な石段で明治に勧請されてからのままらしい。歩いてみると誠に風情のある石段となっている。近辺は、お岩神社、法然寺、板谷稲荷神社、伊勢神社、秋葉神社等、よくぞこれだけ寺社が密集したなと感心するくらい見所が多い。

このあたりは昼と夜では見える風景がまるで異なるような気がする。夜になって冷え込んで来たので撮影が終わって新柳で一杯やろうかとも考えもしたが車に乗って来たので後ろ髪を引かれる思いで帰宅した(笑

今回は夜の撮影となるので感度がよいNikon D5300を持ち出したがあやうく闇夜にカラス状態になるところだった。念のために持って行った携帯用のライトがあったために助けられるかたちとなった。昼間でもインタビュー相手によく使うがLEDになったおかげで電気も食わず熱もでないため重宝している。

動画にはノイズが相当出たがWeb用圧縮の過程で動画の粒子ノイズは圧縮の前後比較で相当押さえられた。信号圧縮も悪い事ばかりではないなと思ったしだい。次回は育成会の療育の旅をアップする予定(予定がつまってきて焦りまくっている)




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