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‪常陸秋そば フェスティバル 2012‬


   

11月9日から11日まで開催された常陸秋そばフェスティバル2012の模様をお届けする。

今年は前夜祭が新たにもうけられ常陸太田駅で開催されている。常陸太田市では常陸秋そば発祥の地がオフィシャルとして金砂郷地区ということになっているようだ(ナレーションはHPを参考にした)大元を辿れば、そば好きだった水戸光圀が信州より持ち込んだのが始まりとされている。

その持ち込まれたオリジナル品種に近いと言われているのが、内堀町にある伊勢又米穀製粉で販売されている「金砂郷在来」と言われる品種で、生産農家と共同体制で、手間のかかったこだわりの姿勢を維持しながら消費者に供給している(越路で供されている当日限定のソバがこれだ)

明治期になって、この地方で、そばの生産が急激に伸びたのは旧赤土村の岡崎熊治氏が効率的な煙草栽培法を確立し一帯の主産業となったことが大きかった。煙草は連作に弱く裏作として適していたソバの生産が歩調を合わせるように伸びたのが原因だった。

もっとも、そのソバも現在のような江戸前の作り方ではなくソバ粉にお湯を入れただけでできる団子のようなものを「そばがき」と言って食べていたと古老に伺ったことがある。お団子がもろにソバの味がするこの食べ方はめんどくさがり屋の筆者にフィットしていて、時々作って食べている(笑

主産業となっていた煙草は国有化され、ソバの生産が伝統として残っているが、消滅してしまった産業もある。水府地区天下野(けがの)に紙の問屋が数十軒あったとされる和紙の製造だ。楮(こうぞ)・三椏(みつまた)・雁皮(がんぴ)・黄蜀葵(とろろあおい)で作られる和紙の製造技術は水府、金砂郷地区では完全に消滅している(常陸大宮市に残っている)

秋そばの種籾は現在、常陸大宮市で生産されていると聞く。ところが生産者の高齢化が進み種籾の生産がだんだん難しくなってきているそうだ。このような話を聞くと今のうちに国産のソバをめいっぱい食べておきましょうなどと思う悪いクセが筆者にある。

日本で供されるソバは80%近くが輸入と聞く。めっぽう美味しい国産の新ソバが食べられる土地柄なので当たり前とは思わずに有り難いと思いながら食べるようにしているが、ソバ好きにとって新ソバが食べられる今が一番幸せな時なのかもしれない。

関係者のみなさまお疲れさまでした。




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